シリーズ おススメの一冊 【第4回】

2020.06.21 NEWS

虚構の「正義」と向き合うために

経営学部教授  松田 裕之

皆さん、いかがおすごしでしょうか? 定期試験が近づいた学期末だけではなく、当該学期をつうじて自力で学習するというグローバル・スタンダードが、新型コロナウィルス感染拡大という未曽有の災厄によって、ようやく日本の大学生にとっても「当たり前」となりつつあるのは、いやはや、なんとも皮肉な感じがします(汗)。

さて、コロナ禍のもとでも、というか、コロナ禍の到来によって益々その勢を増しているのが、SNSとそこに巣食う匿名の人びと。彼ら彼女らの掲げる正義が、ときに言われなき差別を助長し、社会に軋轢と混乱をもたらしていることに、疑念と不安と憤りを感じている方々も少なくはないでしょう。

「一体何様のつもりなんだよ、あいつらは?!」
その「何様」の正体を見事に言い当てた言葉があります。

「大衆というものは、個人が集まって集団の形をとらない場合でも、心理的事実としても定義することができる。つまり、たった一人の人間を前にしたときにでも、私たちは、彼が大衆であるかどうかを知ることができるのだ。良きにつけ悪しきにつけ、大衆とはおのれ自身を特別な理由によって評価せず、『みんなと同じ』であると感じても、そのことに苦しまず、他の人たちと自分は同じなのだと、むしろ満足している人たちのことを言う(中略)大衆は、みんなと違うもの、優れたもの、個性的なもの、資格のあるもの、選ばれたものをすべて踏みにじろうとする。(中略)この場合の『みんな』は、本当の『みんな』ではない。かつての『みんな』は、大衆と、彼らと意見を異にする特別な少数者との複合的な統一体であった。しかし、今や『みんな』は、大衆だけを指している」

いまを去ること90年前、スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセット〔1883-1955〕が『大衆の反逆〔La Rebeliǒn de las Masas 〕』のなかで放った警句です。そこに90年という時間差がほとんど感じられないことに驚かれる方も多いのではないでしょうか?

「大衆という名の凡俗な魂による権利の主張とその無差別な押しつけ」こそが「現代の残忍な事実」である、とオルテガは喝破します。いみじくもオルテガは「大衆」を「満足しきったお坊ちゃん(お嬢ちゃん?)」と喩えました。

ひるがえって、今日、SNSで踊り狂う匿名の正義人たちの声には「自分にはとりたてて特別な能力もないさ。でもな、俺と同じ意見を持つ連中はごまんといるんだぜ。だから、俺は正しくして、それを認めないお前等が悪なんだよ」というニュアンスが、多かれ少なかれ、必ず含まれています。

SNSという武器を与えられた -決して自ら手にしたのではない- 「大衆」は、その威力だけをひたすら愉しみ、その威力にひたすら酔い痴れるだけの存在です。彼ら彼女らは、自身の「凡庸な魂」を以てしては困難と思われる商店経営をいとも容易く破綻させ、医療従事者を窮地に誘い、鍛えられた身体能力を誇るレスラーを死に追いやります。

裏を返せば、90年前にオルテガが書名に選んだ『大衆の反逆』がさらに広範かつ根深く社会を覆いつつあるのが、私たちの生きる現代のまがうかたなき真実である、ともいえるでしょう。

虚構の正義が暴力的に拡散され無自覚に消費される情報化社会の原風景を、一流のアイロニーを駆使してシニカルに描き出した珠玉の古典。現代人必読の一冊です。

松田裕之の一冊 : オルテガ・イ・ガセット著/佐々木孝訳〔2020年〕『大衆の反逆』岩波文庫

  • 大衆の反逆